8月の物語「蝶と花火」

ハルとアオイは今日も旅を続けていた。
じめじめと水分を含んだ重い空気、
肌に張り付く服が不快感を増幅させていた。

「ねぇ、ハルさん。今日はこの村で休んでいきませんか?」

 額の汗をぬぐいながらアオイが言うと、
ハルは小さく頷いた。

 村へ入ると、家々の軒先には青い蝶の飾りが揺れ、人々はどこか浮き立った表情で行き交っている。

 宿の女将は、部屋の鍵を渡しながら微笑んだ。

 「今日は蝶祭りだからね。この村じゃ、夏になると山から青い蝶が舞い降りるんだよ。
願いを運ぶ蝶だって言われていてね。今年も今夜、その蝶へ感謝を捧げる祭りがあるんだ。」

 祭りでは蝶の羽を模した山車が並び、
その美しさを競うのだと聞いた。

 「隣の工房の子も、今年こそはって頑張ってるよ。」

山車も気になるし会ってみようか、と扉へ手を伸ばしたその時、中から声が響く。

「だから言ってるでしょ!私は作るのはやめないし、まだまだ精度も鮮やかさもあの子の足元にも及ばないのよ、まだ作るの!出て行って!」

二人してびくりと肩が震える。
中から村人らしき人物が
「優しく言ってあげているだけなのに」
と言葉を漏らしながら出てきた。

「あれ、お客さん?ごめんね、騒がしくしちゃって。」
「いえ…大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込むハルに対し少女は答える。

「毎年優勝する子がいるの。何年頑張っても、その子には届かなくて。みんな『もう十分だよ』って言ってくれる。でも、その言葉を聞くたびに、『未来の私だって変われない』って言われてるみたいで……。」

「私は頑張ることがつらいわけじゃない。ただ、まだ諦めたくないだけなの。」


「…あなたは、今のあなたも、これからの才能も全部信じてほしいんだね」
ポツリと零したハルの言葉に少女は一瞬目を見開くも切なそうに頷く。

「そうかも。さ、私は続き作らなきゃ。山車は今夜だから、楽しみにしてて。二人とも。」

そう話すと少女は扉を閉めた。中からどたどたと音がする。

「あの子のこと、信じたいな。何か伝えることできないかな」
「なら今日も作る?何か身に着けられるもの。」

二人は宿に戻ると少女のために装飾具を作り出す。
物事に一生懸命に取り組む少女が今後の己の才能を、自分自身の行動を信じられるように。

ハルはワイヤーをゆっくりと曲げる。
蝶のようにどこまでも飛んで、
花火のように鮮やかに暗闇を照らせるように。


夜になると外がにぎやかになった。窓を開けると夜風が気持ちよく部屋を通り抜ける。

ちりりーん、からんころん、どんどん!

祭囃子に花火の打ちあがる音。暗い空に鮮やかな花火が打ちあがる。
花火に照らされる中、少女は青い蝶が舞う山車の前に立っていた。

「どうしたの?二人とも」
「これをあなたに、届けたくて。」

作ったばかりの装飾具をハルは少女に渡した。
その瞳は、静かだが揺るぎない確信に満ちている。

「私は、あなたを信じている。いつかあなたの思い描く未来になるよ。
だから、今をあなたの思うままに頑張れ!」

少女はハルの眼差しに胸元の装飾具をそっと握りしめた。
やがて青い蝶の装飾具を身に着け軽やかに祭りへと向かった。


翌日聞いた話では今年も優勝者は変わらなかったらしい。
でも、あの少女の山車も評価されたとうわさで聞いた。

村を出る寸前に工房の前を通りかかった。
少女は昨日も工房で木を削っていた。

優勝できなかったとは思えないほど晴れやかな鼻歌を口ずさみながら、少女は今日も木を削っていた。
湿った夏風さえ、どこか心地よく感じられた。

工房を離れようとしたその時、一匹の青い蝶が少女の肩に止まった。
少女は驚いたように笑い、その蝶はすぐに夏空へ舞い上がっていく。

「行こうか。」

「うん。」

二人はまた、ゆっくりと歩き出した。

次回11月公開予定